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ドバイ


東日本大震災の影響で未曾有の大被害を受け、沈みきっていた日本に希望という名の一筋の光を届けたヴィクトワールピサのドバイWC制覇から早一年。日本調教馬としては初の歴史的快挙となったのだが、日本人ジョッキーのドバイWC制覇は未だにない。そんな状況下、今年こそは日本人ジョッキーとしてドバイWC制覇に燃える男がいる。今回で5度目のドバイWC挑戦となる武豊だ。武豊と言えば日本が世界に誇る名手。ドバイでの知名度も高く、現地の競馬ファンも当たり前のように彼の名前を知っている。それもそのはず。ここまでの武豊のドバイミーティングでの通算成績は15戦3勝。ドバイWCでの勝利こそまだだが、シーマクラシック、デューティフリー、ゴドルフィンマイルと名のあるレースで勝利を挙げているからだ。そんな武豊のこれまでのドバイでの活躍を振り返ってみたい。まずは1993年。ドバイWCが誕生する3年ほど前に施行された第1回ドバイ国際騎手チャレンジに日本代表として岡部幸雄元騎手と共に参戦。そこで世界の名手達を相手に総合2位となり「日本に武豊あり」とその名を轟かせた。そして、初めてドバイミーティングに参戦した2001年は彼のドバイでの活躍を語る上で必要不可欠な年となる。シーマクラシックでステイゴールドに騎乗。日本では“善戦マン”の異名をとっていたステイゴールドで、このときの英国大手ブックメーカーの単勝オッズでは下位人気。完全にドバイWCへ出走するトゥザヴィクトリーの帯同馬だと思われていたが、蓋を開けてビックリ。道中は中団待機策から直線で怒とうの末脚を披露。強烈な追い込みを見せると、最後はモハメド殿下が率いるゴドルフィンのファンタスティックライトとの壮絶な叩き合いを制して、いきなりのシーマクラシック制覇。日本調教馬としては初となるドバイでの勝利。もちろん武豊もドバイミーティングでの初勝利となった。さらに彼の進撃は留まるところなく続く。この日のメーンであるドバイWCでは、通常ならば2、3番手からの競馬を得意とするトゥザヴィクトリーで意表を突く逃げ戦法に打って出た。これが予想以上にハマってトゥザヴィクトリーは気持ち良さそうに逃げる。最後は直線でアメリカのキャプテンスティーブにこそかわされたものの、2着に粘る好走を演出した。2001年以前にドバイWCへ挑戦した4頭の日本馬はレース中に故障したホクトベガを除くと全てが6着。それも勝ち馬に大きく引き離されての結果だっただけに、このトゥザヴィクトリーの2着は実に衝撃的であり、日本の競馬界にドバイ制覇という夢が現実のものとなる可能性があることを知らしめた。JRAと地方競馬のトップが激突する秋のダート大一番、第11回JBCクラシックが3日、大井競馬場2000メートルダートで行われ、武豊騎乗の1番人気スマートファルコン(牡6=栗東・小崎厩舎、父ゴールドアリュール)が優勝。藤田伸二騎乗の2番人気トランセンド(牡5=栗東・安田隆厩舎)とのマッチレースを1馬身制し、同レース2連覇を達成した。良馬場の勝ちタイムは2分2秒1。 同馬はこれで連勝を「7」に伸ばし、JRA・地方含め通算31戦21勝、重賞は17勝目。GIレースは2010年JBCクラシック、2010年東京大賞典、2011年帝王賞に続き4勝目。そして騎乗した武豊は、2007年~09年ヴァーミリアン、2010年スマートファルコンに続き同レース5連覇を達成した。一方、2着トランセンドから3馬身半差の3着には吉田豊騎乗の3番人気シビルウォー(牡6=美浦・戸田厩舎)が入り、JRA所属馬が人気どおりに上位を独占。なお、8番人気だった高知のグランシュバリエ(牡6=雑賀正厩舎)が4着に入り、地方馬で最先着を果たした。『ダート最強』を実力で証明した。戦前から大きな注目を集めていた、ドバイワールドカップ2着馬トランセンドとの一騎打ち。「今回はすごく強い馬がいたので気にはなっていましたけど、自分の競馬に徹しようと、迷いはなかったです」そうライバルとの対決を振り返った武豊。言葉どおり好スタートから先手を切ると、小細工を使うことなく“定位置”のハナへ。「本当に強い馬だな、道中そう思いながら乗っていました」と、相棒の強さを肌で味わいながらラップを刻んでいく。一方のトランセンドはぴったりマークする形の2番手を進んでおり、武豊は「トランセンドが来ている気配も感じていた」が、3コーナーから後続を突き放すいつもの必勝パターンで直線へ。ゴール前でトランセンドに激しく追い上げられただけに「最後までヒヤヒヤでした」と苦笑いを見せたが、スマートファルコンも踏ん張り1馬身差の完封劇。名実ともにダート最強の座を手に入れた。この勝利で同レース5連覇となった武豊は「本当にいい馬に恵まれてます」とニッコリ。そして、「来年、この馬でドバイに行きたいですね」と、堂々の世界制圧宣言も飛び出した。小崎調教師も「このまま連勝を続けてドバイに行ければ。そこに行けるようにローテーションを組んで行きたい」とコメント。次走に関しては「さすがに厳しい競馬をした後なので、まずは馬の状態を見てから」と未定だが、「JCダートに使えるように調整したい」と、GIジャパンカップダート(12月4日、阪神1800メートルダート)が次の目標となりそうだ。武豊が大井の超満員ファンの前でそうアピールしたように、“ホーム”である地方競馬場でまずは最強を証明。そして、いざJRAに凱旋、さらには世界へ――。武豊とスマートファルコンはどこまでも高みを目指し飛んでいく。

ゴルフ



フロリダ州にあるベイヒルクラブ&ロッジで開催された、米国男子ツアー「アーノルド・パーマー招待」の最終日。単独首位からスタートしたタイガー・ウッズ(米国)がトータル13アンダーで逃げ切り、実に09年の「BMW選手権」以来となる勝利を手にした。ウッズは出だしの2番こそボギーを叩くも直後の3番、4番と連続バーディを奪取。さらに6番、8番とバーディを積み重ねトータル14アンダーまでスコアを伸ばして前半を終える。後半はスコアを伸ばせない展開が続き、14番でボギーを叩いたものの、後続のスコアも伸びず終わってみれば2位と5打差。最後は磐石の状態で2年半もの間遠ざかっていた勝利の美酒に酔った。ウッズはこれで同大会7度目の制覇となる。トータル2オーバーの50位タイからスタートした石川遼はスタートの1番から3連続ボギーを叩くなど序盤でつまづくと、後半も2つスコアを落としトータル5オーバーでフィニッシュ。53位タイで4日間を終えている。米男子ゴルフツアー アーノルド・パーマー招待(25日=日本時間26日、米フロリダ州オーランド・ベイヒル・クラブ=パー72)復活Vだ! 首位スタートのタイガー・ウッズが70で回って通算13アンダーとし、「BMW選手権」以来、2年半ぶりの米ツアー優勝を果たした。2位に5打差をつける圧勝で通算72勝とし、史上2位のジャック・ニクラウス(72)=米国=にあと1勝と迫った。石川遼は53位だった。「Tiger is back!」。ギャラリーから歓声が上がる。ウイニングパットを沈めたウッズは「Yes!」と3度絶叫。924日ぶりの栄冠に、右拳を握りしめてガッツポーズを繰り出した。「信じられない。最高の気分。Pure joy(純粋にうれしい)」感傷に浸るよりも、素直な喜びが胸にあふれた。72度を数える表彰式なのに終始照れたそぶりを見せ、優勝カップの刻印まで真剣に読む36歳の姿があった。「厳しいコンディションだった」。強い風と固いグリーンが行く手を阻んだ最終日。しかし、8番(パー4)で第2打をピン2メートルにつけて4個目のバーディーを奪うなど、独走態勢を築く。他選手が苦しむ中、的確にグリーンを捕らえ続けた。パーオン率79・2%は今大会1位だった。「ここはジュニア時代から回っていた。また長く住んでいた地で、ファンが支えてくれた」オーランドで開催のこの大会に過去6勝。近くにはディズニーのテーマパークが広がり、自宅も構えてまさに“夢の街”のはずだった。だが、09年の11月末、自宅前での交通事故をきっかけに、女性10数人との不倫が明るみに出た。試合出場を自粛し、翌10年8月にはエリン夫人と離婚。慰謝料は600億円に達した。自宅も移転。スポンサーやファンの信頼を失い、世界ランク1位からも陥落した。同年4月に試合復帰後、好成績は残せなかったものの再びゴルフに集中してきた。「努力が報われた」。胸を張って口にした。次戦は来月5日開幕のゴルフの祭典「マスターズ」(米ジョージア州、オーガスタナショナルGC)。今大会不在だった世界ランク1、2位のドナルド、マキロイらトップ選手すべてがそろう。「いいときに勝てた。マスターズが楽しみだ」自信も取り戻したウッズは「マスターズ」で05年までに4勝。7年ぶりにグリーンジャケットを羽織ったとき、ニクラウスが持つ史上2位の勝利数に並ぶことになる。完全復活の日が近づいた。